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No.521「Yes I Know」

No.521[Yes I Know] "っぁぱーん…しょあしょあしょぁ…"
"の゛ぇ~…"
"っぁぱーん…しょあしょあしょぁ…"
"の゛ぇ~…"
"っぁぱーん…しょあしょあしょぁ…"
「…」
岸壁に当たる波の音が、小さな泡粒と共にフェードアウトする…
それを追うように、情けないテナーの音が響く…
「うぅ…なんか調子悪い…」
すこぶる機嫌斜めなテナーだった。
「休ませろ~…って音に聞こえるす…」
今夜もこれから、このレンガ造りの建物の中で吹くコトになっている。
さっきまでリハをやってたけど、どうもコイツの調子が悪かった。
尚、バンドのお相手は宏美サン…
ではなく、全く別のバンド。
「だから機嫌悪いのかね?チミは…?」
"の゛ぇ~…"
"っぁぱーん…しょあしょあしょぁ…"

LUS参加以来…
いや、正確にはそれ以前からの鐘野サン絡みの仕事が増え、最近ではあちこち呼ばれるようになってきていた。
それはそれで有り難かったけど、今までが今までの生活だったので、いまだペースに慣れていない。
尤も、必ず毎晩でもないし、日中にもお仕事が入る…なんてバラバラな毎日だから、そうなってしまうというのもあるけど…

しかし、それが休みたい理由ではない。

「本当は俺もあちこち動くべきなんだろうけどなぁ…」
あるコトが起きていた…
テナーの機嫌が悪いのも、それに因るところが大きいかもしれない…

"っぁぱーん…しょあしょあしょぁ…"
"の゛ぇ~…"
「…」
寒いから中に入れろ…とも聞こえた。
「贅沢言っちゃいけません…」
"の゛ぇ~…"
「リハの反省をなさい、反省を…」
"の゛ぇ~…"
「言いたいコトは判ってるから…」
"の゛ぇ~…"
"っぁぱーん…しょあしょあしょぁ…"
何してんだ?俺は…?
単に自分が自分に言い聞かせてたり愚痴ってたりしているだけじゃないか?

「独り言言ってる…」
「あい?」
その声に、猫背になってた体を伸ばすと、視界に…
"の゛ぇあぁんべ~ろろぉ~…"
「わ」
いかん、またテナー咥えたまま声を…
「美樹ちゃんですか…」
美樹ちゃんは今夜のボーカリスト、俺もそうだけど、実は他のバンドメンバともブッキングが初めてというお話。
「宜しくお願いしますね」
「こちらこそ~」
彗星のごとく現れたボーカリストである。
尤も、最近の彗星は早々と観測されてしまうので、この表現も既に死語な気もするけど…
今夜リハで初めての顔合わせになったけど、溶け込みも早く、馴染みやすく、明るいところが好印象、これは彗星に例えられても可としよう♪
「ところで…」
「あい?」
「独り言の練習ですか?」
「…あう…」
その明るい表情に反し、なんちゅーコトを…
「独り言に練習はいらんと思います…」
独り言とは、人に披露するモンでも無いですし、失敗も成功もない芸でありましょう…
よって練習の必要なんぞ、そもそもありませんっ!
「あれ?違ったんだ…」
「ち、違ったって…」
何故にそのような誤認識な御認識をっ!?
俺は世間からどう見られ、どう噂されてるんでしょうかっ!?
「私の両親が…」
「はっ!?」
「竹中さんは面白おかしい人だって…」
「…」
ちなみに、俺は美樹ちゃんの両親なんて知らない、知る由もない…
なのに、先方は俺を知ってると?
「…」
噂の独り歩きとゆーのも恐ろしい…
「もしかして、ご両親もミュージシャン?」
ならば、勝手に広まった噂ではなく、どっかでブッキングした可能性もある訳で…
「そうです♪」
あー…だったら、どっかで会ったりしてそうだけど…でも、御両親共々って組み合わせは、俺の記憶にある限り、そんなに多くないなぁ…
「やぁ、面白おかしい人♪」
「うわあぁぁっ!」
怪しげな波模様が俺の目前にっ…
「って、だからなんで目前なんだーっ!!」
波の持ち主である鐘野サンが、昔懐かしいダッコちゃんポーズで俺の…俺の…
「か、顔に巻きつくなーっ!」
いつ現れた!?いつからここにいた!?いつ巻き付いたっ!?
「聞いたら今夜ココに居るってゆーから♪」
「それは有り難いですが、巻きつく必要性は?」
「挨拶♪」
困った挨拶だ…
鐘野サンは俺の顔から飛び降りると、今度は美樹ちゃんの方へ寄り…
「…」
「…」
「おて」
「にゃー♪」
手なずけていた…
「お手って…犬じゃないすか?普通…」
お手している美樹ちゃんの頭を撫でてるし…
「…」
「…」
「…あ」
が、その波模様が一瞬だけ動いた気がした。
「…え?」
「どうかしましたか?」
鐘野サンの視線が空中にクルリと円を描いた…
(ような気がした)
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