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No.484「EntrustKey」

No.484[EntrustKey] 「さて、問題です♪」
「はい?」
「私は誰でしょう?」
「…天然」
「なんでそういう回答かなぁ…」
「全く間違った答えとは思わない」
「うー…否定しきれない自分も悩ましい…」
しばらくの間会話が途切れる。
留奈は俺の目を両手で軽く押さえたまま、背後にぴったりくっ付いていた。傍から見れば、なんとも恥ずかしい構図かもしれないが…
「ねぇ、敬さん?」
「あ?ん?」
「いつ知った?」
「…すまん、この間、鐘野さんの資料に新聞のスクラップがあったのを見たんだ」
「鐘野さんって、宏美さんのマネージャさんかぁ…」
「あぁ、もし留奈が元気になってたら、紹介しなさいとも言われた」
「なんで?」
「女子高生JAZZテナーだから」
「確かに珍しいかもね♪」
「青田刈りはよせ、とも言っておいた」
「あはは、ありがと」
そしてまた会話が途切れる。しかし留奈は俺の目を塞いだままだった。
「でもまぁ…ここにこうしているってコトは、体のほうとか大丈夫だってコトなんだよな?」
「うーん、そうだねぇ…」
あいまいな返事である。しかし、こいつのいつもの調子からすれば、返答はこんなモンなのだろう。
「ねぇ、敬さん?」
「ん?そろそろ練習始めるか?」
「実はね、ちょっと疲れちゃったんだ…」
意外な言葉が返ってきていた。
「ん?ペース厳しいか?あ、学校の試験もあるとか?」
うっかりしていたが、留奈は高校3年ではなかったか?その冬場に、空いてる時間はテナーの練習、普通は受験シーズン真っ只中じゃないだろうか?
家に戻って更に勉強まで…それはきつい。
「3年だったんだよな…今忙しい時期だもんなぁ…」
「…それは特に気にして無いんだけど…」
「進学しないのか?」
しかし、留奈の返事は無く、俺の目にはまだ彼女の手が当てられたままだった。
「ちょっとお休みしたいんだけど…いいかな?」
自分の日常のペースと、留奈の生活ペースはやはり違う、そこまで配慮できなかったのは情けない。
だが、そこでふと思い出したのは、以前に留奈が言っていた言葉。
”春になる前には完成させたいな…”
その目標には支障ないのだろうか?
「…そうだな、留奈のペースでやってくのが一番だろうから、それは任せるよ」
俺が悩んだところで、これは留奈自身の問題だ、あれこれ口を挟んでもしょうがない。
「ありがとう…でさ…」
「ん?何だ?」
「これ、預かっててくれないかな?」
目を塞いでいる手に、いつの間にか金属のような物が留奈の指に絡まっていた。
「鍵?か?」
「うん、私のケースの鍵…」
「なるほど、開けちゃうと気が散って勉強に差し障るってコトか?」
「うん、そんな感じ♪」
俺は目を覆う留奈の手に自分の手をかざし、その鍵を受け取った。
「預かっておくよ」
「うん、ありがとう…」
「ところで…俺はいつまでヘッドロック状態?」
ただ目を塞がれているだけではなく、体重までかかってきている気がする。
「重い?」
「柔らかい」
そのまま飛び退いて真っ赤な顔でも拝めるかと思った…が…
”ぎゅー”
「のぁ!」
むしろ締め付ける力はさっきよりも強くなってしまった。
「えっちだなぁ」
笑顔で思いっきり締め付けている…そんな顔が想像されてしまった。
「…あのね?」
「ん?」
「もうちょっとだけ…」
「…あ、あぁ…わかった…」
頭部に伝わる心地よい感触と、背中全体に感じる暖かさ、今まで特に気にした事は無かった留奈の香りを感じる。
それは何というか、今まで感じた事の無い香り、なのに何故か違和感の無い、暖かさを感じる香りだった。
「こんなに近いのは、初めてかな?」
「今までも近かったよ」
「そか」
「そう」
「そうなんだけどさ…」
「なんでしょう?」
「俺、いまだに留奈の連絡先知らないぞ?」
今まで聞こう聞こうとして忘れていた、留奈の連絡先。これでしばらくお休みするというのであれば、それは確認しておかなければいけないこと。
この今の近さだって、しょっちゅう会っているからの近さで、間が開けばすぐにそれは縮んでしまうだろう。
「教えといてくれるか?電話番号でも住所でも…」
「…それはね…」
「ん?」
「内緒♪」
「…俺は連絡待ちになりますかぁ~?」
どんな返事が返ってくるかと思ったら…もしかして俺は警戒されてたりするか?
それに反し、留奈の力がさっきより強くなっているような気もした。
「ねぇ、敬サン」
「ん?」
「…………」
「え?何?」
それはあまりに瞬間的な出来事で、すぐにその状況を飲み込む事が出来なかった。
最後の一言が上手く聞き取れなかったまま、目前にあった、いや俺の目に当てられていた物が消えた。
離されたのではなく…どかされたのでもなく…その手のぬくもりが瞬時に消えてしまったのだった。
同時に全身に感じていた心地よい重量感も消失していた。
「おい?留奈?」
振り向いた後ろに、そこにいままでいた筈の、留奈の姿が消えていた。
「…おい…」
咄嗟に立ち上がり、周囲を隅々まで見渡してみたが留奈の姿を見つける事は出来なかった。
残されたのは今まで目を覆っていた指の感覚と、ケースの鍵だけだった。
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