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No.458「別人?」

No.458[別人?] 「寒い…」
俺は一人、街のど真ん中に立っていた。
幸いにして雪などは降っていないものの、この季節の夜というのは、結構冷え込む。これがこんな繁華街の街中ではなく、どっかの寂れた駅前だったら、もっと辛かったかもしれない…などと自分を慰めながら立っている。
「でも寒いのは寒い!」
思わず口に出る。
目の前を通過した呑み屋系のおねえちゃんが、驚いてこっちを振り返った。
「ヤバイヤバイ…」
小さく灯るタバコの火種が、唯一の暖房器具。コンビニで買った携帯カイロは、ほとんど使い物になってなかった。
「まだか~!」
またも口に出る。向かいの呼び込みのおにーちゃんが驚いて肩を竦めた。

今夜は宏美のライブの日。ここからちょっと行ったデパートの裏にあるライブハウスに行こうとしているところだった。
その話をしたところ、他にも2名、ご同伴という運びになり、今俺はその2名を待っている。
ライブの始まりは18:45…15分前には、ここ(ちなみに駅前である)でって話をしていたのに、5分オーバした今も、その2名は姿を見せていなかった。
「予約はしてあるから大丈夫なんだが…」
とは言っても、ライブが始まるまでが有効、始まった後は、その予約も無効となり、他のお客さんに取られてしまう、そういうシステムだ。

この時期、こんな繁華街を行きかうのは、カップルや呑み屋のねーちゃん、あるいは新年会なのかなんなのか、酔っ払ったおじさんばかりだ。そんな中、一人楽器のケースに座り、震えながら人を待ち続ける姿とゆーのも、なんかこう情けなさがある。
「あと5分待って来なかったら、先に行ってしまおう…」
そうは思うものの、そんなコトをすると、後々うるさい…そんな2名だ。
「うぅ!敬さんひどいー!」
とか言いながら、パンチを飛ばしてきそうな彩サンと、
「ふーん、偉くなったねぇ、良かったねぇ…」
とか言いながら、俺の親指を圧し折るかもしれない音羽サンと…
「最後の1分まで待つか…」
暖かくも、情けないナニかが頬を伝わるのが判る。

「その内なぁ…ああいうおねーさんとご同伴…なんてな…」
とか…道行くおねーさんを見ながら呟いてみる(もちろん声にならない程度の音量でだ)。
しかし、この寒いのに…確かにコートは羽織っているが、結構足元が涼しそうな格好である。頭の下がる思いである。
そんな俺の方に、近づいてくる一人のおねーさんを発見した。
「うーん、ちょっと厚着っぽいし、別にお水系服装でもないが…、結構イイ感じのおねーさんかも…」
背丈は俺と同じ位だろうか?結構高い方であるが、人波を気にしながら、静かに歩いている様が良い。
「”おまたせ~、じゃ行きましょう”なんて言ってくれればな…」
寒さのせいか、頭の中を流れる血液が凍ってるに違いない。バカなコトを考えてるモンだと、自分で自分に感心してしまった。
そんな俺の前に、そのおねーさんは立ち止まった。
「おまたせ、行くか…」
「はぁ?」
ちょっと待て、そうだ、これは何かの間違いだ、俺の妄想が…いや、もしかして俺は妄想で人をコントロール出来るとか…
「お待たせー、敬サン!」
そのおねーさんの後ろから聞こえる元気な声…彩サンだ…え?何?それってまさか?
「音羽サン?」
目の前のおねーさんに、恐る恐る声をかけてみる。
「俺だ」
「うそ」
「本当だ」
「えぇー!!」
「ば、バカ!そんな大声出すな!」
周囲の視線が一斉にこちらへと注がれた。そしてその反応に、何故か顔を赤くするおねーさん…もとい、音羽サン…
「ど、どうしたんですか?一体?」
「気にするな、ほら、早く行くぞ!」
「えへへ~、いいでしょ?」
彩サンはニコニコだった。
「あたしが選んだんだ~」
「音羽サンの服をか?」
「そうだよ、だっていつも男っぽい格好だから、たまにはと思ってね」
なるほど、遅れた理由ってこれか…でもって、歩きがなんとなくぎこちないのも…
「男っぽいって…おと…はっ!」
殺気を感じた俺は言葉を引っ込める。
「…ん?でも…」
「な、なんだよ」
音羽サンの姿をマジマジと見てみる。
「もしかして髪型…」
「美容院にも連れてったよ」
「化粧…」
「させた~」
「性格は…?」
「前のまま~」
「こ、こら!彩!テメ~!」
「あう!」
途中まで腕を振り上げたが、そのまま引っ込めていた。もしかしたら性格も若干向上?
「時間無いだろ?行くぞ」
そう言って一人歩き始めてしまった。
「うわ!待て!予約は俺の名前でしてんだぞー!」
慌てて追いかける。
しかし…迂闊だった…つーか、一瞬”あんなおねーさんと~”なんて思ってしまったのである。なんとも言えない複雑な心境だ。
普段は、テナーのケースとバーボンのボトルを抱えながら…ってーのが音羽サンの格好だ。着る物とか、なんだとかで、結構変わるものだ。まぁ、相変わらず、タバコは咥えたままだったが…
「なぁ、敬…」
一瞬背筋が伸びる。
「はっ!な、何でございましょー!」
「やっぱ変か?」
「え?」
「ん…ま、いいや…」
どういう質問だったのだろう?唐突だったので、何と答えていいか判らなかった。
「今度はレースとかいっぱい付いたのにする?」
「やめろ、それだけはやめろ!」
なんだかんだ言いながら、意外と気に入ってたりするのかもしれない。さっきは「男(漢のほうが合ってるかも)」と言いかけてしまったが、音羽サンも正真正銘の女性であるコトは確か…。やっぱこうコトに気にはなるものなかもしれない。
それに以前、部屋で見かけた昔の写真は、今の格好のほうが近い…そんな気もする。
「だー!やっぱこのマフラーじゃタバコが吸いづれぇ!」
「…やっぱ漢…」
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