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No.533「水無月の水」

No.533[水無月の水] 朝から降り続いていた雨も、正午を過ぎた頃には雲に溜め込んでいた水分を使い果たしたようだ。
薄汚れていた雲も、脱水して絞りきったせいか、白さを取り戻している。
「…洗濯モノじゃない…」
空を見上げて一言呟く…
「今日はもう降りませんように…」
傘に長靴…朝の天気だったからしょうがないけど、今は重荷となっていた…
「けど…」
私の目が梅雨入りしていた…

「おー…おぉっ!?」
向こうからやってきた男性1名…
「…そ、そーゆー挨拶なのっ!?」
「いや…まぁ…」
何に驚いているかは判っている。
「本当にスゴいな…」
褒めてない。
「うぅ…」
この時期は毎年そうだ。私の髪はタイヘンなコトになってしまう。
どんなに洗っても、どんなに梳かしても、どんなに整えても、この湿気に当たったとたん、一気に大爆発を起こす。
普段はこんなコトにはならないんだけど…
「なんとゆーか、その…」
「なによー」
彼が飛び跳ねた私の髪を引っ張る。
そして手を離したとたんにクルクルっと勝手に巻いてって…
「ゼンマイのバネみたいな…」
「うぅ…」
「アホ毛だらけみたいな…」
「うぅぅ…」
「敵モビルスーツみたいな…」
「比喩がわからないよっ!」
「天然だっけ?」
「そうだよぉ…」
それもかなり頑固で強情な癖を持った天然パーマ。
「泣くほどに?」
「…ほどじゃないけど…」
「んじゃ何故に涙目?」
「…」
無言で青空に目をやる。
その視線を彼は指差し確認すると…
「あれか」
「…あれ…」
青空に浮かぶ傘。
「高いな」
「うぅ…」
「あれだけ飛ばせればオリンピックに出られるぞ?」
「そんな種目は無いでしょっ!」
晴れてきたから傘を閉じた、でも水滴が残ってたから払おうとした…
そこにタイミングよく吹いた一陣の風は、私の傘を旅立たせていた。
「そのまま掴んでればお空を散歩出来たかもな…」
それ無理だから…
「今日はこのまま降らないといいな」
切実。
しかし彼は、とても意地悪そうな残念顔をしながら…
「…夕方からまた降るって…」
「えぇっ!?」
わざわざ取り出したスマホでお天気情報を見せてくれる。
「…降水確率80%…」
「ゲリラ豪雨もあるかもしれんしなー」
傘を旅立たせ、しかも髪はクルクルで、更に追い打ちがあるとっ!?
「ひどい…(空に向かって)」
私の梅雨は本降りに変わりそうだ。
「ちゃんと持って無いからだ」
そう言いながら自分のビニール傘を自慢げに広げるし…
「ひどい…(彼に向かって)」
本降りから台風へ変わるようだ…
「ほ〜れ♪ほ〜れ♪」
「貸しなさーい!!」
彼の手から傘を奪おうと…

"ぶわわ~"

「あ」
「あ」

"ばちゃ"
"ぼちゃ"

「…」
「…」

舞い上がった傘は、先に旅立たせた傘と共に、川の真ん中へと急降下…
しばらく見てたけど、浮き上がってはこなかった…

「こ、こーゆーのって、不法投棄になっちゃうのかな…?」
「いや…不可抗力じゃね?」
風上上空を漂う雲が黒くなり始めている…
「…イヤだよね…梅雨…」
「あぁ、そうだな…」
「どこ行こうか?」
「濡れないトコがいいよな?」
「その前に傘だね…」
「御意」
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